新連載 【第1話】神様、Wi-Fiと名刺を持って現る。|天日槍命は営業職
ながらくご無沙汰していたブログの更新を開始します。皆様よろしくお願い申し上げます。
音楽、食育の類似点についておもしろいネタを探しています。そしてもう一つ新しいジャンル「ご近所の神様たち」についての物語を始めます。よかったら見ていってください。
あらすじ
理系院生の重力子センサーが捉えたのは、ブラックホールではなく「営業ノルマ」に追われる神様だった!?
兵庫県豊岡市、円山川の河川敷。理系院生・神代瞬が「重力子」の観測中に遭遇したのは、リクルートスーツに身を包み、タブレットで信仰心を管理する神様・天日槍命(アメノヒボコ)だった。「あなたの機械、私の営業回線にノイズが入るのよね」。物理学×神話×ビジネス! 崖っぷち院生と営業職の神様が織りなす、仁義なき「ご当地・神々ビジネスウォーズ」開幕!
連載
『天日槍命(あめのひぼこ)は営業職』
作:Noël Herscher Oe(ノエルハーシェルオーエ)

本エピソードには一部実在の地名等が登場しますが、物語自体はフィクションです。
【プロローグ】
「神様、スーツで現る。」 「神に出会った。」 ――なんて言うと、たいていの人は「まさか」「頭、大丈夫?」と笑うだろう。
でも、信じるかどうかは自由だ。俺は、たしかに神に出会ったのだ。 それも、神秘的な森の中や、荘厳な神殿の奥ではない。 兵庫県豊岡市、円山川の河川敷。 しかも、俺が手に持っていた**「重力子探知機(グラビトン・スキャナー)」**が、けたたましいアラート音を鳴らしている真っ最中に、だ。
***
「おいおい、嘘だろ……。数値が跳ね上がってる。標準偏差(シグマ)5を超えたぞ!?」
俺、神代瞬(くましろ・しゅん)は、震える手で自作のデバイスを握りしめていた。 時刻は秋の夕暮れ。遠くの田んぼには、国の特別天然記念物であるコウノトリが舞い降りている。とてものどかな風景だが、俺の心拍数は爆上がりだ。
俺は京都の大学院で理論物理学を専攻している。 研究テーマは「局所的重力場における高次元干渉の観測」。 平たく言えば、「この世には目に見えない『四次元目の軸』があり、そこから漏れ出す重力子(グラビトン)を捕まえれば、異次元の存在を証明できる」という、学会からは半ばオカルト扱いされている仮説の実証実験だ。
予算も尽きかけ、崖っぷちの修士二年。 最後の望みをかけて、古くから「神聖な場所」とされるこの但馬の地でフィールドワークを行っていたのだが――。
「ありえない。この反応、ブラックホールの事象の地平面(イベント・ホライゾン)並みだぞ。まさか、この河川敷に時空の特異点があるのか?」
液晶画面のグラフが赤く振り切れる。 俺が興奮して顔を上げ、その「特異点」の座標を見た、その時だった。
「……ちょっと」
背後から、不機嫌そうな声がした。
「え?」
振り返ると、そこには特異点もブラックホールもなかった。 代わりに立っていたのは、一人の女性だった。
黒いリクルートスーツに、パリッとした白いブラウス。 ヒールの音をコツコツと砂利道に鳴らし、手には最新型のタブレット端末。 髪はゆるくまとめられ、目元は涼しげだが、明らかに「業務上のトラブル」に直面したような顔をしている。 まるで“この世のものではない”美しさなのに、丸の内のオフィス街にもいそうな雰囲気。
「あの、どちらさまで?」 俺が呆気にとられて聞くと、彼女は俺の探知機を指差して言った。
「あなたね。さっきから私の『回線』にノイズを入れてるのは」
「は? ノイズ?」
「そうよ。こっちは本社への月次レポート送信の締め切りギリギリなの。あなたがその怪しい機械で空間をかき回すから、神脈(Wi-Fi)が繋がったり切れたりして、全然アップロードが終わらないじゃない」
彼女はため息をつくと、タブレットの画面を俺に見せた。 そこには『豊岡エリア信仰心KPI(重要業績評価指標)推移グラフ』という、物理学徒の俺でも見たことのない謎のパラメータが表示されている。
「……えっと、あなたは携帯会社の方ですか? 電波障害の調査か何かで?」
「違うわよ。まあ、インフラ系と言えばそうかもしれないけど」
彼女はふわりと笑い、胸ポケットから一枚の名刺を取り出した。 所作は洗練された営業マンそのものだが、その瞬間に彼女の周囲の空気が変わった。 風が止まり、虫の声が遠ざかり、世界から「音」が消える。 俺の重力子探知機が、見たこともない数値を出してショート寸前まで加熱した。
「私は神よ。」
「……はい?」
「だから、神。たぶんあなたが想像してるより、だいぶ世知辛い立場の神」
彼女は名刺を俺の胸ポケットにねじ込んだ。
【出石神社 営業部 担当:天日槍命(あめのひぼこのみこと)】
「天日槍……って、この辺りの伝説の神様ですよね? 新羅から渡来したっていう」
「あら、知名度はあるみたいね。そう、そのヒボコ。現在は出石神社から出向して、但馬エリアの『神徳(ご利益)』のセールス担当をしてます」
「営業……セールス……?」

俺の脳内処理が追いつかない。 目の前の美女は、どう見ても人間だ。だが、俺の探知機が示す「重力異常」は、彼女が質量を持ったまま空間を歪ませていることを示している。 物理学的に言えば、彼女は「高密度のエネルギー生命体」だ。
「ええ。最近、人間界で“ご利益”の売上が伸び悩みでね。高天原(本社)から『現場行って足で稼いでこい』って言われたのよ。まったく、上の連中は現場の苦労も知らないで……」
そう言って肩をすくめる仕草が、妙に人間くさい。 彼女はタブレットを操作しながら、愚痴を続ける。
「最近の人間ときたら、神社に来ても写真ばっかり撮って、願い事をハッシュタグにして終わり。#合格祈願なう、じゃないのよ。ちゃんと玉串料(サブスク登録料)を払って、正規の手順で契約(祈祷)してくれないと、こっちもリソースが維持できないんだから」
「……リソース?」
「そう、神気もタダじゃないの。維持費がかかるのよ」
彼女――天日槍命は、俺の探知機を興味深そうに覗き込んだ。
「で、問題はあなたよ、お兄さん。あなたのその機械、神様の出す『波動』と周波数が被ってるわ。私の営業活動(フィールドワーク)への電波妨害で訴えてもいいレベルよ?」
「ええっ! いや、これは単に重力子を観測するための……」
「重力子? ああ、あなたたち人間はあれをそう呼んでるのね。私たちにとっては『意思伝達パケット』みたいなものだけど」
さらりと、とんでもないことを言った。 重力子が、神の通信パケット? だとすれば、俺の研究仮説「重力は高次元からの干渉である」は、正解どころか「神の社内メールを傍受していた」ことになる。
「……本当に神様、なんですか?」 俺は震える声で尋ねた。
「何回聞くのよ。疑い深いわね」
「だって、神様がWi-FiとかKPIとか言ってるし……」
「神もアップデートする時代なの。クラウド活用もDX(デジタルトランスフォーメーション)も、高天原の最重要課題なんだから」
そう言って、彼女は目を細めた。 その瞬間、円山川の水面が一瞬、黄金色に輝き、無数の魚たちが跳ね上がった。 それは明らかに、自然現象ではなかった。 俺の探知機が「ERROR」の文字を出して沈黙する。
――やっぱり、この人、神だ。 物理法則を無視した特異点が、リクルートスーツを着て目の前にいる。
「さて、お兄さん。私の回線を妨害した責任、取ってもらうわよ」
ヒボコはニヤリと笑った。それは慈愛に満ちた女神の微笑みではなく、ノルマに追われる営業職が、カモを見つけた時の「商談成立」の顔だった。
「私の営業車に乗って。ちょうど今から『顧客満足度調査』に行くんだけど、ドライバー兼データ解析係が欲しかったの。あなたのその機械、使えるわね」
「は? え、ちょ、待ってください!」
「拒否権はないわ。これは『神罰』代わりの業務命令(タスク)よ」
こうして俺、神代瞬は、大学院の研究室に戻ることもできず、そのまま神様の営業車――真っ赤なマツダ・ロードスターの助手席に放り込まれることになった。
俺の“常識”は、その瞬間、音を立てて崩れ去った。 だが俺はまだ知らなかった。 この出会いが、但馬の神々と、日本神話の最高神たちを巻き込む、仁義なき「ビジネス・ウォーズ」の幕開けになることを。

※この物語はフィクションであり、実在の寺社・団体名とは関係ありません。


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