第3話】菓祖の末裔と重力(グラビトン)の甘い罠 ―中嶋神社の神徳Wi-Fiルーター
新しいジャンル「ご近所の神様たち」についての物語を始めます。よかったら見ていってください。
ちょうど巷は元旦で初もうでの最中? 「神様の裏事情」でこんなのがあったらおもしろいかも・・・ばちあたらないように気を付けます(笑)
連載
『天日槍命(あめのひぼこ)は営業職』
作:Noël Herscher Oe(ノエルハーシェルオーエ)
第2話:僕と重力と、神の顧客リスト
作:Noël Herscher Oe(ノエルハーシェルオーエ)
本エピソードには一部実在の地名等が登場しますが、物語自体はフィクションです
第三話:菓祖の末裔と、重力(グラビトン)の甘い罠

1. 営業車、実家へ帰る
「……あ、あの、天日槍(ヒボコ)さん。目的地、中嶋神社ですよね? なんでさっきから僕の実家の住所と、ナビの目的地が完全に一致してるんですか?」
助手席でタブレットを叩いていた俺――**神代 瞬(シュン)**は、嫌な予感と共に冷や汗をかいていた。 赤いマツダ・ロードスターは、豊岡市神美(かみ)地区ののどかな田園風景を、法定速度ギリギリの「営業スピード」で駆け抜けていく。目指すは「お菓子の神様」の総本社こと、中嶋神社だ。
「偶然ね。それか、あなたの遺伝子レベルで『神脈(サーバー)』へのアクセス権限が残ってるのかも」
ヒボコは鼻歌まじりにハンドルを切る。その横顔は、これから重要な商談に向かうエリート社員そのものだ。
「私の直系の子孫が、田道間守(たじまもり)。常世の国から『非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)』、今の橘(みかんの原種)を持ち帰った、いわば『お菓子業界の始祖(ファウンダー)』よ。中嶋神社はその本家本元。営業活動の基本は、身内から。まずはここの**『重力場の安定性(インフラチェック)』**を行いに行くわよ」
「インフラチェックって……ただの里帰りじゃないですか」 俺のツッコミは、エンジンの轟音にかき消された。
2. 「不自然な柱」と「おばあちゃん」

中嶋神社の鳥居をくぐると、そこには独特の静謐な空気が流れていた。 俺にとっては幼い頃からの遊び場だが、物理学を学んだ今の目で見ると、その本殿の異様さが際立つ。
室町時代から続く**「二間社流造(にけんしゃながれづくり)」**。 通常、神社の正面には柱が来ないように設計する(神様の顔を隠さないため)。だが、ここは建物のど真ん中に柱が立っている。
「偶数スパンの構造……。物理学的に見れば、中心に荷重を集中させることで『不均衡の均衡』を保つ特殊な構造だ。まるで何かのエネルギーを中心軸に集めるような……」
俺がその構造美に、つい「応力分散のアルゴリズムが……」とブツブツ呟きかけた時、手元の探知機の針がレッドゾーンへ振り切れた。
『警告:局所的重力崩壊(グラビトン・クラッシュ)を探知!』
「うわっ! 誰か来る!」 「あら、シュンじゃない。ひさしぶりねぇ」
本殿の脇から、竹ぼうきを持った小柄な老婆――俺の祖母がひょっこりと顔を出した。 「お、おばあちゃん!? なんでここに」 「なんでって、今日は『たーちゃん』のお祭りの準備だよ。あ、隣の綺麗な人は、シュンの彼女さん?」 「違う! 全然違うから! 職場の上司……みたいなもんだから!」
俺が必死に否定すると、隣で澄ましていたヒボコが、あろうことか深々と頭を下げた。名刺交換の角度だ。
「……ご無沙汰しております、おばあさま。田道間守(弊社社員)を長らくご贔屓にしていただき、感謝に堪えません」 「あらぁ、丁寧な人ねぇ。こちらこそ、たーちゃんがお世話になってます」
「あの! 天日槍さん、キャラが違いますよ! 営業スマイルが過ぎる!」 俺が焦って突っ込むと、ヒボコは俺にだけ聞こえる声で囁いた。
「バカね、シュン。神代家のような菓子職人の家系は、私にとっては**『超優良・長期継続顧客(ロイヤルカスタマー)』**よ。カスタマー・サクセスの基本は、まず既存顧客の家族(ステークホルダー)へのリスペクトから。それに……」
ヒボコは目を細め、本殿の中央に立つ柱を見上げた。
「この神社の中央の柱、あれが何かわかる? あれは、常世の国――つまり別次元からエネルギーを吸い上げるための**『重力アンテナ』**なのよ。あなたの家系が代々お菓子を作ってきた情熱が、このアンテナの感度を維持してきたの」
3. 実体化した「ターちゃん」

「そうそう、そういうこと! さすがヒボコ様、解説がうまいねぇ!」
突然、甘い香りが爆発した。 本殿の中央、あの「不自然な柱」の周囲の空間が、熱した飴細工のようにぐにゃりと歪む。
「おーい、先祖様。営業の進捗はどうだい? あと、僕の『非時香菓』の在庫、勝手に食べないでよ」
柱の影から、ひょっこりと一人の青年が現れた。 古代の装束をベースにしながらも、首元にはパティシエのような清潔なスカーフを巻き、手には最新のショコラティエが使うような赤外線温度計を持っている。彼が動くたびに、空間に抗酸化作用の強そうな「橘」の爽やかな香りが拡散した。
「……彼が、ターちゃん(田道間守)?」 俺は眼鏡を押し上げ、驚愕した。探知機のモニターには、彼を中心とした**『完全な黄金比(フィボナッチ)の重力場』**が表示されている。
「そうよ、シュンくん。これが私の可愛い子孫、中嶋神社の祭神兼、現場責任者のターちゃんよ」
ターちゃんは人懐っこい笑みを浮かべて俺の手を握った。 「君がシュンくんだね! 京都の菓子職人の家系だろう? 君のおじいさんが作った最中、あっちの世界(常世)でも評判だったんだよ。おかげで僕の神徳シェア、維持できて助かった!」
「神話の登場人物に、実家の家業を感謝された……」 俺の論理的思考回路が、糖分不足のCPUのように熱暴走を始める。神様の世界にもシェア争いがあるのか。
4. 菓子と量子、そして神徳の相関
ターちゃんは祖母から受け取った橘の最中(もなか)を俺に差し出した。
「シュンくん、食べてみて。そして、その探知機を見てごらん」
言われるがままに最中を一口かじる。パリッとした皮の中から、上品な餡と爽やかな橘の香りが広がる。脳内に直接ブドウ糖が届くような、計算し尽くされた甘みだ。 ふと、探知機を見る。 激しく乱れていた重力波のグラフが、まるで凪いだ水面のようにピタリと安定した。
「なっ……!? 数値が安定した? どういうことだ」
ターちゃんは温度計をくるくると回しながら解説した。
「お菓子を食べると、人間は幸せになるよね? 脳内でドーパミンやセロトニンが出る。この『幸福感』こそが、空間のノイズ(邪気)を中和する最高の素材なんだ。 つまり、この神社の柱は、**人々の『美味しい!』という感情エネルギーを吸い上げて、高次元の栄養素に変換・送信する『神徳Wi-Fiルーター』**なんだよ」
「なるほど……!」 俺は物理学者としての興奮を抑えきれなかった。
「お菓子という供物が、脳内物質を介して観測者の精神状態を安定させ、結果として空間の歪みを量子レベルで整流している……! これぞ**『甘味による重力場平滑化現象』**!」
「うん、よくわかんないけど、そういうこと!」 ターちゃんが笑い、ヒボコが満足げに頷く。
「理解が早くて助かるわ。さて、シュン。おやつ休憩は終わりよ」
ヒボコが再び「デキる営業職」の顔に戻り、鋭い目つきでタブレットを指した。
「ターちゃん、ここから北、三江地区の**『コウノトリ・パケット』**の受信状況はどう? 最近、幸運の運搬効率が落ちてるってデータが出てるんだけど」
「ああ、それならMUSE学校の子供たちが元気すぎて、逆に重力子が弾き飛ばされてるのかもね。シュンくん、僕も一緒に行っていいかな? 地元の子供たちには、僕の作ったキャンディ(神徳配合・集中力アップ効果付き)が必要そうだし」
こうして、俺と営業神ヒボコ、そしてパティシエ神ターちゃんという、物理学の教科書を無視した「但馬営業チーム」が結成された。
「行ってらっしゃい、たーちゃん。シュンも、しっかり働くんだよ」
祖母に見送られ、赤いロードスターは再び走り出す。 次は、コウノトリが舞う空の下、無邪気な子供たちのエネルギーが渦巻く三江地区だ。俺はシートベルトを締め直し、腹を括った。この「神徳営業」は、どうやら俺の想像よりも遥かに科学的で、とんでもなく甘美な冒険になりそうだ。

※この物語はフィクションであり、実在の寺社・団体名とは関係ありません。
第4話へ続く
読者の皆様へ
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